口欠けの片口も出す年忘れ

 

  数へ日や欠かしもならぬ義理ひとつ    富安風生

パーティーでこの方のお嬢様のお隣になった。その方のお話。
7年前命にかかわる大病をして、このまま死んではつまらぬ、空を飛びたい、と70歳を超えてパラグライダーを始めた。最初は国内だけだったが海外にも行くようになった。飛ぶには走って風を起こさなくてはならない。走るためにいろいろトレーニングしましたよ。スイスで飛んだ時、羽が電線に触れてその村中停電になった。保険でカバー出来たが、それを機会に止めたんですよ〜。とあっさり仰るのに圧倒された。生きている限りあきらめちゃいけないわね。もう年だは言い訳だ、と思う帰り道、点字ブロックに足を取られて捻挫しちゃった。3連休の初日だったから、湿布してじっと家にいた。まだ少し痛い。会社にはバリアフリールートで行かなくちゃ、と考えていて、そうだ、相撲取りってよく足袋はいて相撲取っている。きっと足首が安定するに違いないと着物で来た。着物だとズリズリ歩いていても目立たないし大正解だ。そういえば子供の時は冬に病気になると必ず着せられる銘仙のアンサンブルってものがあった。着物には包まれていると何とも言えぬ安心感があるなーと思う。


2本足歩行だから気をつけるのよ。