ダイヤのような日

私は散文人間なので、詩、短歌、俳句のたぐいを読む能力が希薄だ。一冊の詩集、歌集、句集をどうやって読み終わればよいのかよくわからないのだ。
それでも誰かが推薦してくれる詩を読むとシミジミ感動することがある。
これもそのひとつ。歌人であるスバルさんhttp://park18.wakwak.com/~buribushi/のブログから引用しました。ぜひ読んでね。


茨木のり子の詩集「見えない配達夫」から


ぎらりと光るダイヤのような日


短い生涯
とてもとても短い生涯
六十年か七十年の


お百姓はどれほど田植えをするのだろう
コックはパイをどれ位焼くのだろう
教師は同じことをどれ位しゃべるのだろう


子供たちは地球の住人になるために
文法や算数や魚の生態なんかを
しこたまつめこまれる


それから品種の改良や
りふじんな権力との闘いや
不正な裁判の攻撃や
泣きたいような雑用や
ばかな戦争の後始末をして
研究や精進や結婚などがあって
小さな赤ん坊がうまれたりすると
考えたりもっと違った自分になりたい
欲望などはもはや贅沢品になってしまう


世界に別れを告げる日に
ひとは一生をふりかえって
じぶんが本当に生きた日が
あまりにすくなかったことに驚くだろう


指折り数えるほどしかない
その日々の中の一つには
恋人との最初の一瞥の
するどい閃光などもまじっているだろう


<本当に生きた日>は人によって
たしかに違う
ぎらりと光るダイヤのような日は
銃殺の朝であったり
アトリエの夜であったり
果樹園のまひるであったり
未明のスクラムであったりするのだ