お伽の国日本

お伽の国‐日本―海を渡ったトルストイの娘

お伽の国‐日本―海を渡ったトルストイの娘

  御縁があっていただいた本。
著者はトルストイの4女アレクサンドラ トルスタヤ。トルストイの生地に、父亡き後学校を設立。土地の子供たちの教科に努めるものの、ロシア革命後の、共産主義軍国主義に絶望して1929年日本に出国。2年間滞在してアメリカに亡命。ニューヨーク郊外にトルストイ基金を設立。1979年に、95才で亡くなるまで、ソ連からの亡命者を救済しつづけた。と訳者の後書きにある。

著者は、秋の敦賀港に到着して、最初に見た日本の風景を一生忘れないだろうと書き記している。
 「通りは。現実というよりも、まさに劇場の舞台に繰り広げられる、ファンタジーの世界であった。今日にいたってまでも、日本がこのように純粋に日本的であるとは、私は考えてもみなかったのだ。
 髪を高々と結い上げ、見なれぬ柄の絹の着物を、まるで裾絞りの花瓶のように着て、背中に蝶を結び、白い足袋と草履をはき、様々な色合いの扁平な絹傘をさした女達の姿。濃い色の着物を着て、丸い菅笠をかぶった男達。色とりどりの大小の丸や卵形に文字が入った様々な提灯。果てしなく続くかの小店の並び。溢れ返る品々、絹の反物、黒髪をまるで甲虫のように剃り揚げて、ぱっとした明るい彩りの着物を着た、おびただしい数の子供。....」

敦賀というと、今は原発としか思わない。100年も経たないのになんという違いだろうか。それに花瓶のように裾絞りに着物を着て、背中に蝶を結ぶって、素敵な表現だなー。そーいうふうに着たいものだ。
 日本人の本質は変わってない、ということも良くわかる、思いもよらぬ発見のある日本滞在記です。